幻の『グリーンサウナ』(10月23日)
朝、兵庫さんがレンタカーを借りてきてくれた。「見せたいものがある」と言われ、車で二十分ほどのところにある『旧海軍司令部壕』へ向かった。
広島出身の兵庫さんは、幼い頃から戦争について学んできたという。旅先でも、戦争の跡が残る場所を見つけると、足を運ぶようにしているらしい。
朝の九時くらいだったのに、もう海外の方が数人、貴重な資料などを見学していた。
人力で四カ月かけて造ったという壕の中を、順路通りに見ていくと、息が詰まりそうになる。

雨が降っていたので、ところどころ水が浸み出していた。

人力だけで掘っていったとは考えられないくらい深い。
手榴弾で自決した跡がそのまま残っている部屋や、座るスペースもないため、立って休んでいた部屋や廊下など、貼られている説明文を読んでいるだけで、その過酷さがどれだけだったかが、伝わってきた。
広い迷路のような壕が、ほぼそのまま残っている。広いといっても、そこに三千人の兵士がいたらしいので、足の踏み場もないほどだったはずだ。
資料館も併設されていて、そこには、家族に宛てた手紙なども展示されている。「メジロを今日見つけた」と書かれていた。家族に季節や、日常を伝えようとしている手紙だった。見入ってしまった。

ドラマ『サ道』などのプロデューサー五箇さんが、教えてくれた、沖縄に古くからあるサウナ、『グリーンサウナ』に、そのあと向かった。
最初、車だと見逃してしまいそうなほど、看板もなにも出ていない、建物の半地下のような場所に『グリーンサウナ』はあった。色褪せた緑のロゴ、薄いピンク。風情しかない。

看板の下の階段を降りていくのだが、これが信じられないくらい真っ暗。投げやりな気持ちがないと降れない雰囲気。

裏から見た『グリーンサウナ』の外観。廃墟と言われたら、納得しそうな風格。
受付には、年配の女性がひとりいた。「大人、千三百円です」女性はぽつりと言った。
下駄箱の鍵と千三百円を渡すと、代わりにロッカーの鍵を渡された。中に入ると、館内は薄暗く、奥の休憩室らしき場所から、テレビの音がかすかに聞こえていた。
浴室は思ったよりも明るく、清潔感があった。下駄箱に鍵がほとんど残っていなかったので、相当な混雑を予想していたが、おじいさんが四、五人、若い男性が二、三人といったところだった。あの下駄箱の鍵のなさはなんだったんだ……。
水風呂は「極冷え」と普通のものの二種類。それとは別に、温かい湯の浴槽がある。身体を洗い、まずは温かい湯のほうに入った。首まで浸かり、足を放り出すように伸ばしてみる。「プハ〜」と、肺の中の空気をすべて吐き出すように、長く息を吐いた。
急に眠気が襲ってきた。
眠いはずなのに、忘れていた懸念事項が次から次へと頭に浮かんでくる。アンケートを二つ返していなかったこと。知り合いの演劇公演が迫っているのに、行けるかどうかをまだ伝えていないこと。週刊連載の直しもある。目黒図書館に返しそびれている本が四冊あった。
ウトウトしながら、ヤバいなあ……と思いつつ、そのまま一度、寝落ちしてしまった。
遅れてサウナに入ると、室内に木の枕がポンポン、とある。寝てもいい、ということらしい。
あとから入ってきた、丸々と太ったおじいさんは、枕を使って、まんまと寝はじめた。
隣でジッとサウナの熱に耐えていた兵庫さんが、「めちゃくちゃ良いとこだね」とダラダラ汗をかきながら言った。
本当にめちゃくちゃ良いところだった。十分ほどサウナに入って、出たら、普通の温度の水風呂の中にドボン。そのあとは、休憩室で、通販番組をぼんやり眺めながらウトウト。それを三セット。
いつになく喉が渇き、受付でポカリスエットを買った。グビグビと飲み、一息ついたときには、もう半分ほどなくなっていた。ポカリスエットをあんなに美味しいと思ったのは、学生時代以来じゃないだろうか。
最後にもう一度、温かい湯船に浸かってから出た。
『グリーンサウナ』の近くに住んで、原稿を書き、煮詰まったらひと風呂浴びに来る。そんな暮らしもいいなあ、と思った。できないとわかっていながら、そんなことを考えていた。

『グリーンサウナ』の入り口(に思えない入り口)付近に佇む兵庫さん。
ホテルの近くのコンビニに売っている、『しぐれ レモンティー味 100円』が癖になる美味さ。