意味よりも今を大切にしたほうがいい(10月17日ち)
雑誌『SWITCH』の11月号が届いた。

今月はGRの誕生30周年と、森山大道、世代の異なる写真家の対談特集

第2回『掌篇』 タイトルは「殺し屋」
月刊誌を担当すると、一カ月が本当に早い。さらに週刊誌もやっているので、あっという間に一週間も過ぎ去る。結果、一年が高速で終わる。本当にそれが最近こわい。
断りづらい仕事がつづいている。
「いままでの人間関係を鑑みると、断れない」とか「この仕事はできれば断らないでほしい」「この取材は受けましょう。よっぽどのことがあれば言ってください」言えるか! みたいな仕事が重なっている。少しずつでも、そういう仕事を減らしていきたい。
日々を快適にしていきたい。「安定」が難しいなら、仕事にまつわるストレスくらい減らしたい。そこまで全部こっちが被るなら、いろいろバランスが崩れすぎている気がする。
昨日もポインティとLINEで、あーだこーだと仕事の話をしていた。「農家と野菜、それくらい立場が違いますから。あっちは農家で、俺らは野菜ですよ。作った野菜がイマイチだったら、農家は別の野菜を作りはじめるだけですから……」とポインティが、この世の終わりの真実、みたいなことを言った。

最近は、わさびを食べたいがために刺身を食べているんじゃないか、と思うことがある。ネギとみょうがを食べたいがために、冷奴を注文するときがある。
ハロウィンの仮装をした子供たちが、自由が丘の駅近くにたむろしていた。三歳くらいのティンカーベルとスパイダーマンが、手を繋いで歩いていた。
治療した歯が、まだちょっと痛い。不安だ。そしてまた六万円取られるのがキツい。
「それ、いまやる意味ありますか?」担当にそう言われて、うーん、と唸ってしまった。でも、毎回、すべてのことに意味を見出すまで「考えて、考えて」をくり返していたら、結果、取り逃がしてしまう気がした。「意味なんて、あとからどうにかするから、まず手をつけてみよう」が大切なときがある。
「もっといい波が来るかもしれない、なんて言いながら、待ちの状態のままタイムアップ」は、たしかに無傷でフィニッシュなのかもしれないが、それでよかったのか、と激しく後悔する気がする。「意味」よりも「今」を大切にしたほうがいい。
……みたいなことをこれから、とある場所で、とある人たちに言わないといけない。