「化粧してやろうか?」(8月7日)

ハンバーグ界に、静かに激震が走っています。
燃え殻 2026.08.07
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久しぶりに実家に顔を出した。

父は、坐骨神経痛が悪化して、この間は朝に立ち上がるのも大変だったと言っていた。お母さんの知り合いだった人は、亡くなって三日後に息子さんが見つけたらしいんだよ。そういうことがないように気をつけようと思ってる……」と、父は終始不穏なことを口にしていた。「気をつけてください。また顔出します」と伝え、母の遺影に手を合わせた。

九月からの新連載は、祖母との思い出を主に書くつもりなので、そのことを父に伝えた。

祖母の手紙や、祖母が営んでいた一杯飲み屋「ときわ」のマッチ箱、祖母の写真などを貸してもらった。祖母が若い頃、御殿場の旅館で仲居をしていたことも初めて知った。祖父がなぜ働かなくなったのかも、父が初めて話してくれた。

第一回目のレイアウトされた原稿を父に渡したら、喜んでくれた。「一応、小説の形態を取るから、事実と違うこともたくさん入るかもしれません」と伝えると、「いいんだ、いいんだ」と原稿を読みながら父はいつになく笑顔で言ってくれた。祖母について書くことは、自分にとって、罪滅ぼしなのかもしれない、といまさらながら思った。

父から預かった祖母の写真。祖母は常に着物を着て仕事をしていた。

父から預かった祖母の写真。祖母は常に着物を着て仕事をしていた。

***

祖母は夕方の四時になると、店の支度を始める。白檀の線香を一本立て、マッチで火をつける。鏡の前に座り、ゆっくりと化粧をする。白粉の匂い。足袋についた醤油のシミ。手書きのお品書き。

鏡越しに祖母の顔をじっと見ていると、「化粧してやろうか?」と微笑みながら言う。「大丈夫」そう答えて、白檀の線香が灰になるまでずっと眺めていた。

***

みなとみらいで打ち合わせ。そのあと、ひとりで横浜中華街へ向かい、「景徳鎮」で麻婆豆腐とエビチリのハーフランチを食べた。

「景徳鎮」は、母が好きだった店だ。家族でも何度か来たことがある。母はここへ来ると、決まって麻婆豆腐を注文していた。

海老が大きくて美味しかった。

海老が大きくて美味しかった。

***

「どこのハンバーグが一番好き?」と聞かれたら、「ラクレット!」と即答するくらい好きだった店、「ラクレット」の前を通りかかったら、なんと閉店していた。大事件だ。

自分と同じようにラクレットのハンバーグをこよなく愛していた友人に、「ラクレット終了」と写真を添えてメールを送った。すると、すぐに電話がかかってきた。

「ひとつの時代が終わったな」大袈裟だなあ、と返しつつ、正直、気持ちは一緒だった。

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