出会ってから三十年が経った(9月17日)
昨夜、テレビ美術制作時代の専務と後輩と、渋谷で軽く飲んだ。
専務は、来年か再来年には会社を引退するという。出会ってから三十年が経った、という話を会うたびにしている気がする。何度しても、そのたびに驚いてしまう。
専務は昨日も、「三十年前、お前が会社に入ってくれたのはラッキーだった」と褒めてくれた。けれど、ラッキーだったのは自分のほうだ。
入社したばかりの頃は、お客さんとの電話のやり取りすら、まともにできなかった。敬語はどこか変で、アワアワしすぎて、勝手に電話を切りそうになったこともある。そのたびに専務が横から引き継いでくれた。
途中で、「いいか、忘れそうなことは電話中にメモを取れ。わかるか?」と言われたことがある。そこで自分は、生まれて初めてメモを取った。それまで、「電話中にメモを取る」ということを、考えたこともなかった。そんなヤツだった。
工場勤務、清掃、日雇いなどの経験しかなく、まともにデスクワークができなかった。IllustratorもPhotoshopも、働きながら覚えた(それも機能の半分くらい。
というかパソコンを触ったことがほぼなかった。ブラインドタッチは未だにできない。オリジナルのタイピングでこの文章も打ち込んでいる。でも、自分の性格からして、あのとき入社していなかったら、パソコンを触らない人生になっていたかもしれない。ずっと日雇いだった気もする。それはそれでいい気もするが、現状を考えると、感謝しかない。
三十年前、専務に拾ってもらえたことは、本当にラッキーだった。

左が専務。右が後輩。 なんか若いな全員……。
振り返ると、あのときが分岐点だったのだな、と思うことがある。
けれど、その瞬間には、ただの一日だと思っている。よくある出会いだと思っている。
「あのとき、たまたま行ったから」「あの日、なぜか残業していたから」「ふと途中の駅で降りて、喫茶店に入ったから」そんな偶然が、あとになって人生の向きを変えていたと知る。
運命は、たぶん過去形でしか語れない。そのときは見逃してしまう。きっと、これまでにもたくさんの分岐点を、ただの一日として通り過ぎてきたのかもしれない。
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