「お母さんが喜んでます」(9月6日)
父の様子を見に、実家に少しだけ帰った。
なんだかんだ、ひとり暮らしなのに、部屋からトイレまできれいにしている。すごいことだなあ、と思った。母の遺影の前には、父が毎朝作っている味噌汁やおかずが並んでいた。

「黒豆も最近作るんだ」と父は言っていた。
父は「男の料理」という料理教室に、十年以上通っている。母が、自分が先に亡くなったとき、父がひとりでも料理を作れるようにと通わせていた。そう促した母も偉いが、素直に月に一回、十年以上通いつづけている父も偉い。
「この間は、とんかつ作ったんだ。まあ、ひとりだと面倒のほうが多いけどな……」今日、父がそう言っていた。「すごいねえ」なんて言って、そのあと会話がつづかなかった。台所で冷蔵庫のモーター音だけが鳴っていた。
母の遺影にお線香をあげた。「このくらいでいいよね」と言って、手を合わせた。
玄関で、「これ持っていきなさい。ちゃんと食べなさい」と、ビニール袋に入ったランチパック(ピーナッツ)をもらった。
渋谷行きの東横線に乗っていると、父から一通のメールが届いた。「この間、相鉄ムービルの壁のエッセイを見に行った。お母さんも喜んでると思う」とあった。父は、なにかと「お母さんが喜んでます」と言う。それが自分としては少々引っかかる。自分の気持ちでいいのに、と思ってしまう。ただ、そこで拗れている時間は、お互いそんなに残っていない。「ありがとうございます」と返信した。