「小学生のときってさ」底なしの出会い#18

原稿を書くとき、一気に全部仕上げるような集中力は自分にないので、だいたいの場合、途中で一旦置くことになる。
その「一旦置く」に、自分なりのコツがある。キリのいいところで一旦置かない、ということを常に心掛けている。
とにかくキリが良くない、中途半端な、なんとも気持ちの悪いところで一旦置くことにしている。そうすることによって、自分の中に引っ掛かりができ、取り組んでいる原稿から、気持ちが離れ難くなる。
キリのいいところできれいに一旦置くと、しっかり納得してしまって、気持ちがプツリと切れてしまう。一旦置いたときに、いかに自分をホッとさせないか、満足させないか、ということが大切だ。
それは仕事ばかりじゃない。人との関係性においても重要なことだ。
昔、そのあたりをナチュラルに、でもとても効果的にできる女性がいた。彼女と一緒に夕飯を食べて、駅までの道を歩いていたときのことだ。すぐにまた会いたい、という言葉を僕はどうしても彼女に言い出せないでいた。
こちらがトボトボと名残惜しそうに歩いていると、少し前を歩いていた彼女が言う、「ねえ、小学校のときってさ、どんな子だった?」と。駅まではあと五分くらいのところだった。「小学校のときは……、まあ目立たない感じだったと思うけど」と僕が返す。「私はねえ、バレエやってたんだけど、ずっと怪我してた思い出しかないの」と彼女は笑う。
「中学は?」と彼女。「中学? あー、どうだろう。暗かったかも。学級新聞を、勝手に毎日、クラスの掲示板に貼っててさー」僕は自慢げに、まったく自慢にならない話をする。「なにそれ? 学級新聞?」彼女はケラケラとまた笑った。
そんな話をしているうちに、駅に着いてしまった。「私、一番線だから。じゃあ、また」と彼女。彼女とは、まったくの逆方向だった。この後に及んで、「すぐにまた会いたい」が口から出てこない。
彼女は改札に入る直前で、クルンとこちらを振り向いて言う。「今度さ、学級新聞の話、詳しく教えてよ。それに私の中学校のときの話も聞いてほしい」と。
「ああ、ぜひです」なんとつまらない返答。僕はあのときの自分の首根っこを掴んで、ぶん回したい。「私、忘れっぽいから早めに会おうね」彼女のその優しい言葉が忘れられない。
帰りの電車の中で、僕はなんとかやっと、「すぐにまた会いたい」とメッセージを送ることができた。それから本当にすぐに再会して、「中学のときはどうだったか?」という話をふたりで詳しくした。