「今日は奢ります!」底なしの出会い#22

もはや否定できないから…二億回以上の嘘
燃え殻 2026.04.09
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渋谷のとあるカフェには、珍しいメニューがある。エスプレッソのソーダ割り。コーヒーとソーダは分離してしまって、相性最悪な感じがするが、デザイナーは、打ち合わせのたびに必ず注文するので密かに気になっていた。

「それ、美味いんすか?」二十回目くらいで、初めてそう訊いてみた。「さいっ……こうです」デザイナーは若干溜めてそう言った。だいぶだ。飲んでみたい。「これ、ほとんどどこにもメニューになくて、この店に来たら絶対頼んでるんです」と言った。

知っている、だから聞いたんだ、とは思ったが、「じゃあ、頼んでみようかなあ」と無邪気に返してみた。「今日は奢ります! 絶対飲んでほしいんで!」デザイナーはそう言い残し、すぐに注文してくれた。そこまで言ってくれたなら、もうこちらも美味しいと言う気マンマンで、ブツが届くのを待った。

程なくして運ばれてきたエスプレッソのソーダ割りは、一気にかき混ぜると、炭酸で吹き出してしまうため、分離したエスプレッソとソーダを、ゆっくりと混ぜていく。程よく混ざったところで、ストローでズズズと飲んでみる。

……えっと。思わず言葉を失う。別に吐き出すほど不味くない。不味いものがまず入っていない。エスプレッソとソーダだけだ。それぞれ、ときどき飲んでいる。正直、味はよく知っている、エスプレッソとソーダが交互に来る感じだった。強いて言えば、「……えっと味」だ。

「どうですか?」少々身を乗り出し、デザイナーは食レポならぬ、飲みレポを僕に求めてくる。「美味しいねえ〜」二億四千三百七番目の嘘をついた。奢ってまでくれた人の大好きな飲み物を、誰が否定できるだろうか。

先日、とある雑誌記事に僕の名前が載っていた。「燃え殻の書く何気ない、なにも起こらない日常は魅力的だ。オチもない。別になにも起こらない話がほとんどだが、それがまたいいのだ」と書かれていた。

なるほど、とは思った。ありがたい、とも思った。でも、こちらとしては、面白いことあったよ! くらいのテンションで書いていることが多いので、「あれ? なにも起こってませんでした? すみません!」という気持ちにもなった。基本的にはオチもつけているつもりなのだが、大してオチてなかったのかもしれない。

その記事を読んだあと、いくつかまた雑誌の取材を受けた。そこで「どんなことを意識して、エッセイを書いてますか?」と質問をされる。

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