あれから十年が経った(2月28日)
ほぼベッドの上で過ごしている。
過ごしているもなにもうつ伏せ寝をしている。たまにスマホを触ってXを確認したら、某出版社の大不祥事がどっさり流れてきて、この世は地獄だな、と思い、電源を切った。日々平然と起きて露わになることが、体調不良にはキツ過ぎる事実ばかりだ。
とある映像作品の原作をいま担当しているので、常々連絡が来て、常々承諾しましたか? と聞かれる。とにかく原作者とトラブりたくない、という感じがすごい。
それはもう、それだけいままでトラブッてきたという証だ。
正直?な部分もある。でもひとり机に向かって作り出した物語と、多くの方が携わって立ち上げている物語では、様相は必ず変わってくる。コアな部分は一緒、ならアリだと個人的には思っている。まんま自分の世界を何百人も使って、何千万、何億と使って表現したいなら、自分で予算を持ってくるしかない。違いを楽しめるか? が映像化のポイントな気がしている。
昨日の友人の古賀史健さんのnoteにあった言葉が、ブッ刺さって忘れられない。
書くよろこびを優先するなら「閉じる」。読まれるよろこびに踏み出すなら「開く」。
本当はもちろん、傷つきたくないし、批判に晒されたくもない。でも、そのリスクを負ったとしても、やってみたい、試してみたい、が自分の中でいまはまだ勝っていることが改めてわかった。読まれるよろこびに踏み出すために開く、だ。いつか閉じていくときに、後悔がないように、いま出来ることと、貰えるチャンスを大切にしたい。
