「慣れてるやつよく見てみろ」底なしの出会い#16

とにかくあらゆるものに慣れない。
普通は同じことを二、三年くらいつづければ、どーにかこーにか多少は慣れてくるものだ。周りを見ていても、だいたいどんなに馴染めない人でも二、三年くらいで馴染んでいく。もしくは辞めていく。気づくとみんな、次の段階に進む。
僕はそれが出来ない。二、三年淡々と辞めずに、そして慣れずにつづけてしまう。二十代の頃に工場で働いていたときも、一緒に入った男は「面倒臭いなあ」と言いながら、着実に作業を覚えていった。もうひとり一緒に入った男は、「面倒臭いから辞める」と言って早々にいなくなった。
僕はそこで淡々と働き、淡々とミスを重ね、結果的に長く働いてしまう。そのあとのテレビの美術制作の仕事も同じだ。体力的、精神的にかなりキツい現場だったので、早いと、初日の昼休み休憩のときに逃げてしまう人もいた。そこでも僕は、大して技術を習得出来ないまま、二十年とちょっと働いてしまった。
過労で、最後の七年くらいは毎年一回倒れていた。三度休職をして、長いと半年休んだ。でも必ず復帰し、またミスを繰り返しながら働いた。これはもう習性だと思うが、環境がコロコロ変わることが、僕にとって一番のストレスなのだ。
昨日、YouTubeを流し見していたら、「僕は世界を旅するユーチューバー」という陽気なセリフから始まる、陽気な男が、陽気に世界を旅する動画を見つけた。まったく気が合わないだろうなあ、と思いながら最後まで見入ってしまった。すべて気が合わないと、それはそれで気になるものだ。
ただ、間違っても、僕にはそんな旅は出来ない。僕は、同じ布団と枕、トイレ、風呂で、一日を終えたい人間だ。じゃないとどーにも疲れが取れない気がしてしまう。
伊豆や箱根辺りにふと旅に出ることがある。そのときでも、一泊か二泊なら楽しめるが、三泊くらいになると、家に帰りたいという気持ちが、ふつふつと湧いてきてしまう。
人間関係にしても同じことが言える。知り合いで、キャバクラ通いのために働いている、と豪語する男がいる。複数いる。風俗、マッチングアプリのため、という知り合いもいる。気分はわかる。写真を見れば可愛いし、スタイルはいいしで、間違いなく最高だ。まったく否定する気持ちになれない。ただ、個人的には初対面の人と話す、ということが得意ではないので、大金を払ってまで行きたいという気持ちにならない。
それでも何度かそういう店に行ったことはある。得意でなくても男なら、可愛い女性と会いたい、付き合いたい、それがダメなら一夜くらい、なんて衝動が抑えられなくなるときもある。そう無理を押して行ってみたが、結果は惨憺たるものだった。喉が枯れるくらい自己紹介をしたという記憶以外、思い出せない。やっぱり僕には向いていなかった。
そういえば、ラジオの収録もいつまで経っても慣れることがない。J-WAVEの僕のラジオ番組『BEFORE DAWN』は、週に一度収録している。始まってから、もう四年になる。二、三年じゃない、四年だ。四年つづければ、大概のことに人は慣れるはずだ。それなのに、僕は一向に慣れない。鮮度を持って毎回緊張してしまう。
スタッフの方々は至って優しい。優し過ぎるくらいだ。毎週のようにメッセージを送ってくれるリスナーの方もいる。これはもう、とんでもなく恵まれている環境だということはわかっている。怖いことなど、なにひとつ起きないこともわかっている。
それなのに、毎週、第一回目の収録なんじゃないか? と思うほど、必ず緊張してしまう。いくら積み重ねても慣れないものは慣れない。
五十くらいになると、世の中のことはだいたいわかってきた、という感じが普通だと思う。学生時代の友人たちとたまに話すと、まさにそんな感じで、みんなハラハラドキドキとは無縁で生きている。身体のあちこちには不調もあるが、大枠まあそれでいいや、くらいの達観の中にいる。「もうだいたいわかったんで」のテンションで、仕事や人間関係をこなしている者がほとんどだ。
自分も出来ればそうしたい。でも、現在、「水浸し」くらいビショビショの水商売の仕事に僕は就いてしまっている。
今日はこれから、人気漫画『キン肉マン』の告知動画のナレーションという、なぜ僕のところにその仕事が来たんだ! と机をバンバン叩きたくなるような仕事が入っている(いや、物凄くありがたいです!)。