手酌で瓶ビールをグラスに(1月12日)
起きたら十時だった。久々によく眠ってしまった。
スマートフォンを確認すると、父から一件長いメールが届いていた。昨夜、母の体調がかなり悪かったらしく、出来れば顔を出してくれないか、という旨が書かれていた。
打ち合わせが午後四時からだったので、支度を済ませ、横浜に向かった。途中、スープストックを六袋、それに干し芋(父の好物)と羊羹(母の好物)を買った。
途中、父から、昨夜の母の様子の詳細が記されたメールが届いた。正直、行きたくない、という気持ちが湧いてきてしまった。母が弱っていく姿を見るのが辛い。父は毎日、一番近くで母の介護をしているので、そんな親不孝なことを考えてはいけないと思いながらも、母の顔を見るのが怖くなった。
昨夜、母は「頭が痺れる」と言って午前二時くらいに父を起こしたらしい。そこから全身の痛みを訴え、午前四時過ぎまで、眠れない状態がつづいたようだ。
父はずっと母の手を握りながら、川崎大師の御守りを握りしめていたのだという。明け方には眠れたが、今夜もどうなるかわからない、と父は不安がっていた。
「ただいまー」と玄関を開けて、居間に向かって声をかけると、母の「悪いわねえ〜」という大きな声が聞こえてくる。父が「悪いなあ」と玄関まで迎えに来てくれた。
母はまた右手が少し不自由そうだ。「野菜食べてる?」「またそんな寒そうな格好して」「健康第一よ」「みかん食べる? ビタミンC」といつも通り、母の話は、あっちに行ったり、こっちに行ったり、飛びに飛ぶ。
父はずっと黙っている。母の代わりにお茶を淹れたり、切っておいてくれたりんごを冷蔵庫から出してくれたり、気を遣ってくれる。
母の咳はこの間よりも酷くなっているように見えた。見ているだけで可哀想だった。二月か三月に、とある大きな仕事の発表があるので、その詳細を伝え、楽しみにしておいてよ、と告げた。
母は、「それは楽しみだわ。頑張らなきゃねえ」と笑みを浮かべながら言ってくれた。
「あなたね、ストレス解消もちゃんとしなさいよ。たまにはビールとか飲んだりするのもいいじゃない。飲めるときに飲むのもいいわよ」
母は、らしくないことを言ってきた。いつもなら、「お酒はやめなさい」「身体に悪いことはやめなさい」しか言わない人だというのに……。「ああ、そうだねえ。そうするよ」と返した。
久しぶりにビールが美味しいと思えました。
帰り道。まだ時間があったので、ふらっと、とある店に立ち寄ることにした。そこは、昔、祖母と母と三人で行ったことのある、横浜の外れにある、すき焼き屋。