相談の森(15)
愚痴 1(まめさん)
潔癖な世の中にうんざりです。
少しでも非常識なことがあるとすぐに盗撮して許せないと投稿、コメント欄は盗撮のことはスルーして気持ち悪いだの無理だの非難轟々。
良くないことをしているとは思いますが、盗撮して晒す必要はないと思います。
投稿者もコメント欄の人たちもそれで正義ぶって気持ちよくなっている感じが嫌です。
愚痴を吐いて申し訳ございません。
あまり理解されないモヤモヤのような気がしたのですが、燃え殻さんは分かってくれるような気がして投稿しました。失礼しました。応援しています。
常識も非常識も、再生回数に変換される時代ですよね。
再生回数が上がりやすい、一番盛り上がる展開は、誰か敵を決めて、攻撃する様を見せることだと、社会学者的な人が言っていた気がします。だから、政治とSNSは異様に相性が良いんでしょうね。澄み切った正論も相性がいいわけです。
わかりやすさが支持されるので、意見はどんどん右と左、上と下、白と黒にわかれていきます。だいたいの物事の答えらしきものは、グラデーションの中にしかないのに。
クラスのいじめと一緒で、SNSの中は、常に次なる敵を探している人がいます。アイツだ、と指さす人。アイツか、とその指示を受けて襲いかかる人。その光景を見ながら笑っている人たち。ぼんやり外を眺めて、我関せずな人。加害者だらけの世界。全員が薄っすら、なにか少しでもしくじったら、矢がこちらに向くと思っている世界。
遠ざかりたい。ちょっとづつ遠ざかってます。
編集者に「本の宣伝のポストをアップしました。リポストお願いします!」と平然と言われる立場で仕事をしているので、SNSとの縁はなかなか切れませんが……。
この場所があってよかったと最近よく思います。メッセージありがとうございます。お互い削られすぎないように、どーにかやり過ごしましょう。

Illustrator 久保田寛子
質問 1(めこさん)
私は生まれつきの病気で身体に障害があります。
そのおかげで人の優しさに助けられてきたこともたくさんあるし、諦めなければいけないこと、嫌な思いをすることも山のようにありました。
自分はもうこういう人生なんだと割り切れるようにもなりましたが、周りの人が当たり前に出来ていることでも誰かの手を借りなければいけない時、たまに無性に悲しくなったりします。
燃え殻さん、無性に悲しくなることありますか?
無性に悲しくなることありますよ。その気持ちをどう変換していけるかを常々考えています。
無性に悲しくなる気持ちがなくなるほうが、人間としてなにか欠落している気もします。無性に悲しくなる、という気持ちを大切にしてほしいです。
自分は小学生の頃に、円形脱毛症にかかって、髪の毛がほぼ全部抜けてしまったことがありました。毎朝、生徒がほとんど使わない、職員室前にある先生用の男子トイレの洗面台に上がって、自分の顔を、鏡でまじまじと眺めていました。髪の毛、眉毛、まつ毛まで抜けた自分の顔は、我ながらこわかったです。でも、もう仕方がないので、「今日もがんばろう!」と自分に声がけしていました。で、クラスに入ると机がないとかイスがないとか……。
祖母にそのことを話すと、「いじめられたこと全部覚えておけ! 大きくなって好きな女にそのことを話すと、かわいそうね、なんて言われて、モテるぞ〜」と励まされました。
特殊な家庭環境で育ったのかもしれませんが、それは結局事実でした。
そのときのことを臨場感たっぷりに、相手に伝わるように話せば話すほど、モテたかどーかは置いといたとして、周りに受け入れられました。理解されました。
いま、まだ僕は襟足あたりに円形脱毛症が残ってます。多分一生生え揃いません。疲れると、ポコッと抜けたりもします。小学生から抜けているのに未だ慣れません。ときどき、撮影の前に見えないかチェックするんですが、そのたび、ため息が出ます。でも、周りはもう慣れたもんで、「大丈夫っすよ」とか「隠れてます」とポップに声をかけてくれます。
自分が欠点だと思っている箇所や、人より劣っていると思ってしまう部分は、そんなに簡単に慣れないし、受け入れられないですよね。
ただ、周りは自分よりも、そのことに関して慣れている、どーでもいいと思っている、という視点を忘れないでください。それによりため息が出ても、「でも周りはそれをそんなに気にしてない」という事実が自分を微かになだめてくれます。