無自覚なスーパーヒーロー 底なしの出会い#31

小学二年生の夏休み前日
燃え殻 2026.06.08
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人はひとりでは生きられない。とすると、誰でも一人や二人、「命の恩人」と呼んでも遜色ないような人がいるはずだ。

僕にとってその存在の筆頭は、幼なじみのMという男で間違いない。

彼と初めて口をきいたのは、小学二年の夏休み前日。明日から夏休みだというのに、その日は肌寒い気温で、風が冷たかった。

チャイムが鳴って、下校の時間になる。第二次ベビーブームだった僕ら世代は、とにかく人が多い。ひとクラス五十人とちょっと。それが十二クラスあった。令和の時代では信じられないくらい、子供の数が多かったのだ。

我先にと帰る児童たちで、下駄箱は満員電車かのように混在していた。僕は絵の具セットや家庭科の道具セット、体操着などの荷物を両手で持って、なんとかやっと下駄箱まで到着する。

大荷物を片手に持ちかえ、外履きに履き替えようとすると、自分の靴が無いことに気づく。すると後ろから「おーい、どうした? もしかして靴ないの?」と同じクラスの男子たちが笑いながら声をかけてきた。

他のクラスの子供たちからも「お前は裸足で帰れよ〜」などの言葉が浴びせられる。思わず俯いた僕の顔を確認するため、何人もがしゃがんで覗き込んできて、目が合ってしまう。ニヤアと笑ったあの顔たちを、いまでも忘れることが出来ない。その中のひとりは現在、市議会議員になったことを人づてに聞いた。

次々に下校する小学生たち。僕はその頃、円形脱毛症の酷いものにかかって、髪の毛のほか、眉毛、まつ毛まで全部が抜けていた時期だった。子供時代、人と少しでも変わっていると、好奇の目に晒され、いじめの対象になりやすい。

クラスはもちろん、学年中で、僕に触ると髪の毛が抜けるという噂が広まり、皆に疎まれる存在になっていた。あの頃、生徒が使用するトイレにも入ることができなかった。トイレという密室では、なにが起きるかわからない。一度、トイレの個室に閉じ込められて、ホースで水を延々とかけつづけられたこともあった。他にもいくつか酷い目にあったが、そのほとんどの記憶が曖昧だ。嫌すぎて憶えていないのかもしれない。

だから学校にいる間は、職員室の隣にあった教師用のトイレを利用した。洗面台が大人用なので、身長が低い僕は、そのままでは鏡を見ることができない。仕方がないので、洗面台の上に無理矢理よじのぼり、鏡の中の自分と毎日対話していた。

ツルツルの頭、本来眉毛があるべきところには少しの膨らみ。まつ毛がない目元は子供ながらに怖かった。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」自分で自分に呪文をかけるように、そうつぶやき、気合を入れてからクラスに入っていくのが日課だった。

なぜ円形脱毛症になったのかは、はしかの熱によるものだとは思うが、よくわからない。ある日、頭がやけに痒くなり、手で髪の毛を触ると、面白いように毛が抜け落ちた。手で髪の毛を掴むと、そのままゴッソリ抜ける。怖くなって台所にいた母に見せに行ったら、悲鳴をあげて泣き出してしまったので、僕はそのとき、泣くタイミングを失ってしまった。結果的に母を悲しませたことが、どんないじめに遭うよりも悲しかった。

いじめは常態化し、外履きがないことも珍しいことではなかったので、今日も上履きで帰るか、くらいに思って、そのまま下校しようとすると、また声をかけられた。「上履きで帰るの? 汚れるよ」と。

振り返ると僕以上に荷物を持って、両手が塞がっている男が立っている。それがMだった。Mとは同じクラスになったことはなかった。いまなら、同じ学年なら名前くらいは全員知っているだろが、とにかく僕らの時代は人が多くて、名前も顔も知らない同級生がたくさんいた。彼のことも僕はよく知らなかった。

「外履きがなくて……」と僕が返す。「そうなんだ。一緒に帰ろうよ」Mはさして疑問を持つ感じでもなく、一緒に並んで帰ることになる。「名前は?」Mは僕にそう訊いてくる。僕は自己紹介をし、彼にも名前を訊いてみた。その間も、僕のことを茶化す生徒が何人か、僕らの周りを通り過ぎていった。すれ違うたびに「妖怪!」とか「カツラかぶれ!」などと、唾を吐くように言っては去っていく。

Mはその間も「荷物が重くて、手がちぎれそうなんだけど……」と歯を食いしばり、ヨタヨタしながら自分に忙しい。僕にとっては、その時間は貴重な平穏だった。そして思わず、「今日は、一緒に帰ってくれて本当にありがとう」とMに礼を言った。

荷物の重さに耐えかね、その場にドサッと荷物を地面に置いたMは、「ん? 一緒に歩いてるだけだよ。お礼なんて言わないでいいよ」と笑う。「でも、いじめられてるから」僕はそう返した。

Mは一度大きく口を開けてから、「えっ! いじめられてるの?」と心底驚きました! というリアクションを取った。そのリアクションにこそ驚いた僕は、思わず「えっ! 知らないの?」と叫ぶように聞き返した。

「知らないよ。なんでいじめられてるの?」とMはさらに訊いてくる。

「いや、ほら、髪の毛ないじゃん」「えっ……髪の毛ないといじめられるの?」「そういうことみたいだけど……」「えっ、なんで?」Mは「不思議で不思議でたまらない!」というような怪訝な顔で僕に尋ねてきた。それがとてもうれしかった。「なんでなんだろうね」僕は笑いながら返す。結局ふたりで荷物を分け合って、えっちらおっちら一緒に帰った。

鈍感な人間が人を救うこともある。僕はあの頃、幼いながら本当に世界に絶望して、自分に絶望して、「死にたいはないが、消えたいはある」と思って生きていた。たった六歳や七歳から見た世界。一つの価値観で世の中は回っていると考えてもおかしくない頃の出来事だ。

「それは世界のすべてじゃない」Mははからずも、そう教えてくれた。僕に取って、Mは命の恩人だ。あの時代の僕を救ってくれたスーパーヒーローだ。本物のスーパーヒーローは、自分がスーパーヒーローだということに無自覚だった。世界のある種の価値観にも、常識にも無自覚で無頓着だった。

Mとは五十歳を越えたいまでも、数ヶ月に一度は飲みに行く仲だ。スーパーヒーローは、いま印刷会社で営業職に就いている。奥さんと娘さんと一緒に、三十五年ローンの横浜郊外にある中古マンションに住んでいる。

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