計画や目標を立てすぎたから 底なしの出会い#最終回

前職のテレビの美術制作の仕事が自分に合っていたどうかは、永遠に謎だが、上司に恵まれていたことだけは間違いなく事実だ。
未だに、その頃の上司とサシで飲みに行くことがある。よくある。もう利害関係はまったくないが、飲みながら、あの頃の不条理や非常識だった話をするのが実に楽しい。
基本はこちらから、「そろそろどうですか?」と声をかけることが多いが、たまに向こうからも「そろそろ飲もうか?」と声をかけてくれる。
先週、久々にまた上司と飲んだ。
「おい、俺いくつになったと思う? 五十八だぜ。参っちゃうよなあ」上司はおどけた調子でそう言って笑った。
初めて会ったとき、向こうが二十九歳で、こちらは二十四歳だった。途方もなく月日が流れた。「あっという間とは言わないけど、人生は結構呆気ないよなあ……」感慨深げに言う上司に、「まったくですね」と僕は頷く。
「この仕事を一生懸命やるのは、あと二年くらいだと思う。お前もさ、腰とか足とか動くうちに、いろいろ見とけよ〜」
上司はあと二年で六十、僕だって五十代半ばに突入する。年がら年中、仕事だノルマだとやっているのも、そろそろ哀しくなってきた。少し肩の力を抜いてもいい頃だ、きっと。
「イタリアでも行きたいなあ」その夜、上司がそうつぶやいた。それは二十代の頃からの上司の口癖でもあった。
僕は去年、酷めの腰痛を患った。ベッドから起き上がるのがひと苦労、というレベルの腰痛。トイレに行くのすらひと仕事、という日が数週間つづいた。いまは、なぜか痛みが治まっているが、いつ再発してもおかしくない。「イタリア、そろそろ本当に行ってください」僕がそう伝えると、「だよなあ……」と上司は応えて、トマトハイをグイッと飲み干した。
翌朝、僕は三軒茶屋で、夕方まで原稿を書くつもりで支度をしていた。昨日の酒は、程よく残っていたが、頭痛などはない。家を出て、鍵をかけ、最寄りの駅に向かう。いつもよりも三十分は早く出たのに、満員電車に変わりはなかった。リュックを前抱えにし、押し込むようにして車内に乗り込む。
「イテッ……」目の前にいた白髪の六十にも七十にも見えるスーツを着た男性が、わかりやすく不快な表情で、こちらを見下げるようにして、そうつぶやいた。僕はそのとき、カチッと音がするほど、自分の中のなにかのスイッチが押された気がした。
けたたましく発車のベルが鳴る。僕は全身の力が抜けるように、スッと満員電車から後退りするようにして降りる。そして、ゆっくりと電車のドアが閉まるのを見届ける。テトリスのように隙間なく、はめ込まれた社会人たちの何人かと目が合う。白髪の男も、ジッとこちらを睨むように見ていた。
僕は改札を出て、バス乗り場を目指した。東京駅行きのバスがちょうど来て、咄嗟にそれに乗ってしまう。昨日、YouTubeをダダ流しで見ていたら、「ぼんやり長野の旅!」という番組にたどり着いた。至ってユルく、風の吹くまま、長野のあちこちを旅する企画だった。その番組の中で、『上田映劇』という大正時代からある、元は劇場、いまは映画館、という建物が映っていた。
満員電車とはうってかわって、バスの座席は半分くらいが埋まっている感じ。昨夜、帰りしな上司が「これからは計画性のないことを大切にしようと思うんだ……。俺たちは計画を立てすぎたよ」とため息まじりに言ったことを思い出した。
上司のイタリアほどじゃないが、「長野辺りにふらっと行ってみたい」はここ数年の僕の口癖だった。バスがしばらく渋滞につかまって動かなくなったとき、おもむろにスマホを取り出し、上司に昨日の御礼のLINEを入れた。そのLINEの最後に、「いまから長野の『上田映劇』で映画を観てきます」と打ち込んで送信してみた。