生きてれば良いことたくさんあるよ 底なしの出会い#34

小学校からの友人でずっとカメラが趣味の男がいる。社会人になってからも、彼はいろいろな写真のコンテストに応募していた。
結果はなかなか出なかったが、一時期は「形にならなくても、ずっとカメラはつづけていく」と語っていた。それがいつしか結婚し、子供が産まれ、マンションの三十五年ローン、車のローン、子供のお受験などなどで、副業でアルバイトまでしなくてはいけなくなってから様相が変わる。
「俺が写真をやりたかったのは、結局モテたかったからなんだ」「別に表現することと、普通に働くことはなにも変わらない」「結局人は死ぬしさ」とどんどん極端な言い回しになっていった。
多分全部当たっている。反論の余地はない。でも、それだけじゃなかっただろ? とも言いたくなった。一度、「前言ってたみたいに趣味でもいいじゃん。いま出来なくてもいつかやる、でいいじゃん」と飲みの席で伝えたら、彼は「うるさいな!」と珍しく声を荒げた。
そんな言い方をするなら別にいいか、と僕もそれ以上言わなくなった。そのまま十年くらい経って、僕は物書きになり、とある取材で、彼の話をたまたまポロッとしてしまう。
僕が小学校の頃に突然髪の毛が全部抜けて、学年単位でいじめにあっていたときの話。ある日、たまたま下駄箱で、彼と帰りが一緒になった。彼とは同じクラスじゃなかったが、知らない間柄でもなかった。
下駄箱を覗くと、僕の靴がない。結果から言うと、誰かによって、近くのゴミ箱に捨てられていた。一度は上履きで帰ろうとしたが、彼も一緒に探してくれて、無事にゴミ箱から、靴を見つけることができた。そのあと彼が、「一緒に帰ろうよ」と言ってくれた。
彼は一緒に歩きながら、「これからさ、生きてればもっと良いことたくさんあるよ! 誰かがテレビで言ってたよ」と笑った。「誰か?」僕は、彼の情報源のいい加減さに釣られて笑ってしまう。
あのときから、五十を超えたいまでも連絡を取る親友になった。最初からいままでずっと、利害関係の「利」の字もない関係。彼と帰ったその日があったから、僕はいまのいままで、ずっと歩んでこれた気がする、という話を取材中、雑誌の編集長に熱く語ってしまった。
彼が本当は写真家になりたかった、という話もついでに伝えた。編集長は突然立ち上がり(本当に立ち上がった)、「いまの燃え殻さんがあるのは、間違いなく彼のおかげですよ。つまり、今日こうやって取材ができているのも、彼のおかげなところがあるわけです。僕から、彼に御礼を伝えたい! ウチの雑誌で燃え殻さんに連載をしてもらって、彼に写真を添えてもらうのはどうでしょうか?」とキラキラした目で言った(本当にキラキラしていた)。
「えっ? はっ? ん?」取材で初めて言葉がまったくまともに出てこなかった。「いや、どうでしょう……」頭がまともに回らない。
「あの、一度ご連絡取って頂いて、その返事次第で構いません。ウチは待ちますから!」編集長は、こちらに迫ってくるかのような、前のめりな感じで、そう言ってくる。
えらいことになってしまった……。
たしかに過去の出来事は本当だが、あまりにもしゃべり過ぎてしまった、と後悔した。しかし時すでに遅し、だ。仕方がないので帰り道、彼に電話を入れて、経緯を説明してみる。説明しながら、飲みの席での「うるさいな!」と声を荒げた彼の顔が、一瞬頭をよぎった。
彼は電話の向こうでしばらく押し黙ったまま、なにも言わない。「いや……、まあ、そういうことがあったという話でさ。こっちから断るから。突然ごめん」と僕が言うと、「やらせてもらいたい。お願いします」と彼が発した。
「えっ? はっ? ん?」僕はまたまた言葉を失う。「お願いします……」もう一度彼が言った。「あー……、わかった」と僕は返すしかなかった。
彼は、「やっぱ、生きてれば良いことあるな……」とポツリと言った。
ここで終われば良い話だが、現実はそう簡単じゃない。雑誌の事情、彼の事情、その他の諸々、紆余曲折あって、話は頓挫してしまう。
でも彼は「今度こそ、形にならなくても、ずっとカメラはつづけていくよ」と電話口で約束してくれた。「生きてれば良いことたくさんあるよ」彼にもらったその言葉を、僕はそのときやっと返すことができた。
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